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福嶋聡「本屋とコンピュータ」第191回掲載

福嶋聡「本屋とコンピュータ」第191回掲載

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*57回までのコラムは当社刊『希望の書店論』に、2014年~2016年にかけての主なコラムは『書店と民主主義』に収録しています。

福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)

1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。

1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会秋期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。 著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書、2014年)、 『書店と民主主義』(人文書院、2016年)、『書物の時間 書店店長の想いと行動 特定非営利活動法人共同保存図書館・多摩 第25回多摩デポ講座(2016・2・27)より (多摩デポブックレット)』(共同保存図書館・多摩)


○第191回(2018/8)

 『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(S・ギャロウェイ 東洋経済新報社)がよく売れている。

 「GAFA」は、現代のIT業界の巨人、 Google(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、 Amazon(アマゾン)の頭文字である。「四騎士」と呼ばれるそれらの企業は、今や全世界の情報・経済を牛耳っているといって過言ではない。

 この4つの巨人が巨人たる所以、世界を支配する力の根源を、ギャロウェイは2つの要因で説明する。第一が、「私たちの本能に訴える力」である。

 「アマゾンが訴えかけるのは、より多くのものをできるだけ楽に集めようとする我々の狩猟本能」であり、グーグルは、そのこととも深く関連を持つ「知」「情報」を求める本能に訴えかける。

 “グーグルが脳の代わりだとすれば、アマゾンは脳と、ものをつかむ指ーより多くのものを手に入れようとする狩猟・採集者としての本能ーとをつなぐものだ”。

 “それに対して、フェイスブックは心に訴えかける。フェイスブックはあなたと友人や家族とを結びつけるのだ。…グーグルと違って、フェイスブックで重要なのは感情だ。人間は社会的な生き物である。1人では生きられない”。

 一方、アップルが訴えるのは、「生殖本能」であるという。

 “アップルは生殖本能にアピールすることで、他者と比べて法外な利益を得て、史上最高に利益率の高い企業となった。”

 どういうことか?

 1980年代、アップルは傾きかけた。インテルのチップを内蔵しマイクロソフト・ウィンドウズで走るマシンのほうが、処理速度が速く価格も安かったからだ。ジョブズは、価格面で前を走るライバルを追いかけ追い越そうとはしなかった。むしろ彼は、アップルの製品をより価格の張る贅沢なものとして売り出した。

 「より多くのものをできるだけ楽に集めようとする」本能の傍らにある、より贅沢なものを持ちたいという本能に訴えたのだ。人が贅沢品を手に入れたがるのは、「そこから生じる欲望と羨望のなせるわざだ。力を持つ者のほうが、住居、温もり、食物、そしてセックスの相手を手に入れやすい」。

 贅沢品を売るためには、贅沢な場所が必要だ。ジョブズは、「明るい照明のもと、店員を呼ぶと若く熱心で“才能あふれる販売員が飛んでくる」「きらびやかな神殿」としてアップルストアを展開した。

 “アップルの成功の決め手となったのは、iPhoneではなくアップルストアなのだ”。

 四騎士のうち、アップルだけは、その性格を異にする。アップルストアの存在感、売上へのその貢献度を考えると、インターネットへの依存度は、他の三騎士に比べると低い。また、「無料」や「安価」を売りにすることもない。その意味では、既存の企業は、アップルの成功体験こそ、参照すべきだとも言える。消費者のアクセス数や安売り戦略では、三騎士に太刀打ちできるものは、最早いないからだ。消費者を迎え入れる心地よい空間、アップル商品の所持者であり利用者であることによる自負、同じ思考を持つ人たちとの共感、アップルは強固なコミュニティを創設したことによって成功したとも言えるのだ。それは、商業というものの、長きに渡る王道と言っていい。

 もう一つの力の根源は、「シンプルで明確なストーリー」である。それによって、四騎士は、巨額の資本を集めることが出来ている。

 アマゾンが、設立当初赤字の連続であったにもかかわらず資本を集めてさまざまなイノヴェーションを試行することが出来、それらが後の成功の礎となったことは、よく知られている。

 その推進力となったのは、「あなたに必要なものを、速く、安価に提供する」というシンプルな広告であり、それを語るジェフ・ベゾスの「ストーリーテリングの巧みさ」である。

 グーグルの「地球上の情報を整理する」というシンプルで説得力のあるビジョンは、多くの投資家の資金をグーグルの株に交換させた。

 フェイスブックのビジョンは、「生きるとはシェアすること」という若い世代の信念のもと、「世界をつなぐ」ことである。

 スティーブ・ジョブスのプレゼンテーションが明確なビジョンとストーリーテリングの巧みさにおいて特に抜きん出ていたことは、誰しもが知るところだ。

 四騎士は、「シンプルで明確なストーリー」を巧みに語ることによって、世界中の人々の本能をターゲットとし、見事にそれを釣り上げたのである。

 「本能」とは、人間の概ね無自覚的な本質である。人々は商品を買いながら、情報を検索しながら、友人に発信しながら、知らず知らずのうちに、自分がどのような人間かということを、四騎士に知らしめている。その個人情報の集積こそが、さまざまな「恩恵」を一見「タダで」提供する四騎士の、この上なく価値のある資産である。実際、その資産は、莫大な金額の収入を生み出しているのだ。

 GAFAの絶大な支配力を知るにつれて、人々はそのことに気づいた。だが、時すでに遅し。我々は既に、膨大な個人情報をGAFAに提供し、「丸裸」にされてしまっている。そして、そうと分かっても、買い物、検索、情報発信、あらゆる日常行為においてGAFAを空気のように利用している我々は、自らの個人情報の提供を打ち止めにすることは出来なくなってしまっている。

 ことここに至って、このスパイラルを止めることが出来るのは、GAFAよりも強い権力である。果たして、EUがとうとう「強権」発動に出た。それが、GDPRである。

 4月の終わりに元ワイヤード編集長の若林恵さんが、岩波書店の編集者渡部朝香さんと共に難波店を訪れてくださった。渡部さん編集による若林さんの新著『さよなら、未来』をとても面白く、共感しながら読んでいたぼくは、若林さんと話が弾み、大いに意気投合した。

 その後、若林さんが推薦し序文も書いている『さよなら、インターネット』(武邑光裕著 ダイヤモンド社)を、たいへん興味深く読んだ。その本のテーマが、GDPRだった。

 “EU(欧州連合)が立法化したGDPR(一般データ保護規則;General Data Protection Regulation) は、個人のプライバシーに基づく「データ保護」を世界に先がけて厳格化した規則である”。

 “数年に及ぶ議論と調整を経て、EU議会は加盟28か国の承認を得たGDPRを2016年5月24日に発効した。巨大な制裁金と行政罰を伴う適用は、2018年5月24日に開始された。これが実質的な「施行日」となる”。

 5億人の市民を抱えるEUが、世界中の人々の個人データを一部巨大IT企業(GAFA)が独占していることを「市民の基本的人権を脅かす狡猾な搾取である」と咎める法律を、策定したのである。

 この状況は、ヨーロッパとアメリカの新たな覇権争いにとどまるものではない。世界全体、人類全体がどのような未来に向かって進んでいくかの決断を迫られているのだ。今や世界中の人々が、GAFAに「個人情報」を提供し、「恩恵」を受けているのだから。

 世界中の「個人」は、自らの個人情報を、喜んで「現代の神」に「奉納」しているのだ。

 否、「提供/奉納」どころではない。知ではなく本能をターゲットにされた我々は、自分が何を欲しているかを、知らず知らずのうちに、他者に決定されていると言えるかもしれない。我々のプライバシーはもはや、他者のものなのだ。

 だから、人々が「現代の神」に差し向ける眼差しは、「畏れ」に満ちたものではない。「満足」、「信頼」に伴われたものである。結果的にスノーデンが告発するような監視世界に生きているとしても、そのことは簡単には揺るがない。

 “長い間音信不通だった友人を見つけることができ、誕生日にはメッセージを交換できる。あなたに関連する製品やサービスを常に推奨してくれることを、何より快適なネット生活としてうけいれているかもしれない。そうした利便性より、「ビッグ・ブラザーの監視社会」と感じる人は実のところどれだけいるのか?”

  “遺伝子情報の提供こそは、早死を防ぎ、将来の高額医療を回避するための最重要なアクションだと遺伝子データ企業はわたしたちに迫る。プライバシーなどとるに足らないもので、早期に放棄すべきなのか?”

 だがEUは、IT巨大企業を相手取るとともに、人々の「満足」「信頼」に果敢に挑んだ。そして既に、「グーグル、フェイスブック、アップルなどを相手どり、莫大な制裁金訴訟を展開している」という。その中心になったのが、アメリカ嫌いのフランスではなく、ドイツ、それも旧東ドイツ出身者だというのが興味深い。彼らは、旧東ドイツの監視国家体制下での生活を、今も忘れないでいるのだ。

 IT業界の(ごく一部の企業の)大躍進という直近の四半世紀の潮流と、プライバシーの尊重という、全体国家=監視国家の時代を脱却した(ファシズムの敗退、ソ連の崩壊)近現代の潮流が、いま合流してぶつかり合い、新しい潮目を形成しようとしている。

 GDPRは、インターネットを否定するものではない。インターネット以前への退却ではない。むしろ、それは初期インターネットの思想を、再び取り戻そうとしているのだ、と武邑は言う。

 “EUの個人データ保護政策の集大成となるGDPR(一般データ保護規則)は、バーロウが追い求めた「サイバースペース」といまこそ共振している。”

 それは、IT業界が独占した個人情報の集積を、公共化することを目指しているからである。個人情報を、あくまでも当の個人のものとすることを目指す。

 “ここで、GDPRの根底にある欧州の市民社会や市民憲章が成熟させてきた公的所有やコモンズの理念が立ち現れる。

 過去、巨大な規模の経済を享受し、共通の利益をもたらす公益事業となった鉄道や電力事業のような自然独占は、公的所有に変更された。新しい独占問題の解決策は、デジタル時代においても更新される。それは利益とパワーを追求する代わりに、インターネットとデジタルインフラストラクチャのコントロールを市民社会が取り戻すことを意味する。”

 その時重要なのは、その「市民社会」が、対話のある、真のコミュニティであることであろう。軋轢の面倒さを回避するために、面倒なことを例えば「国家」にゆだねてしまうような「コミュニティ」であるならば、元の木阿弥である。

 武邑は、言う。

 “オーウェルは本を禁止しようとする独裁者を恐れた。ハクスリーは、本を読みたいという人が誰もいなくなり、本を禁止する理由がなくなる社会を恐れた。

 オーウェルはわたしたちの情報を奪う者を恐れ、ハクスリーは、わたしたちに多くの情報を与え、人々が受動的な利己に還元されてしまう世界を恐れた。

 オーウェルは真実がわたしたちに隠されることを恐れていた。ハクスリーは、わたしたちが真実とは無関係な情報の海に溺れてしまうことを恐れていた。

 『1984』が描いたのは、人々は痛みを負いながら制御されている世界だ。『すばらしい新世界』では、彼らは喜びを与えられることによって制御される。

 オーウェルは、わたしたちが恐れるものがわたしたちを台無しにすることを恐怖し、ハクスリーは、わたしたちが望むものがわたしたちを台無しにすると恐れた”。

 「本を読みたいという人が誰もいなくなり、本を禁止する理由がなくなる社会」の到来が近いことを、もちろんぼくたち書店人は看過できない。

 我々は、ハクスリーの「すばらしい新世界」を脱出することが出来るのだろうか?

 その問いを胸に、ぼくは『GAFA』フェアのラインナップに、『さよならインターネット』、『EU一般データ保護規則』(勁草書房)などのGDPR関連の書目を付け加えた。

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