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福嶋聡「本屋とコンピュータ」第173回掲載

福嶋聡「本屋とコンピュータ」第173回掲載

出版業界と他業種の流通についての内容です。

http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/honyatocomputer173.htm

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*57回までのコラムは当社刊『希望の書店論』に、2014年~2016年にかけての主なコラムは『書店と民主主義』に収録しています。


○第173回(2017/2)

 出版業界の2017年は「出版物流の危機」宣言で開けた。但し、物流の問題は、通販会社や宅配業者にも、困難な課題を与えてきている。例えば「再配達」の問題は、受取人不在時にも荷物を受け取れる「宅配ボックス」普及を国が補助するほど切迫している。ウォルマート・ドットコムで注文した商品を最寄りの店で受け取る「サイト・トゥ・ストア」というシステムも登場した。通販のコンビニ受取のしくみも、徐々に浸透してきた。ならば、注文した本を書店まで取りに来てもらってもいいのではないか?(hontoサイトで注文した本を丸善ジュンク堂の店舗で受け取ることが出来る。)その時新刊にも出会える。何か新しい発見があるかもしれない。「注文した本を取りに本屋に行く」と行為は、読者にもメリットがあるはずだ。(→第172回)

 そこで言う読者のメリットとは何かを、今回は考えてみたい。それは、商品の魅力的な受取場としての書店の条件を探ることであり、読者が家で本が届くのを待つのではなく、24時間営業で家から歩いて行けるコンビニで受け取るのでもなく、書店まで取りに来る、そのモチベーションを維持するために必要なのは何なのかを考えることだ。

 ライバルはもはや同業他社ではない。自宅に居ながらネット画面で商品を探し、データベースでやカスタマーレビューなどを見ながら自分が読みたいものを選択、クリックしてあとは自宅で待つのみ、そうした通販に慣れた読者を改めて書店に足を運ばせるだけのプラスアルファを、書店はどのように生み出し、アピールしていけばよいのか?この問いは、ネット通販が当たり前になった今日、なお店舗の存在理由はどこにあるのか、と言い換えられるかもしれない。

 著者角井亮一は、ネット通販とリアル店舗の両方を活用するハイブリッド戦略の成功例のいくつかを紹介している(『アマゾンと物流大戦争』NHK出版新書)。

 メガネのネット通販「ワービーパーカー」は、ネット通販サイトでありながら米国内に37店舗を展開しているが、驚くことに店内に在庫を置いていない。訪れたお客は商品を試着し、気に入ったメガネが見つかれば、検眼を受けてから、店に置かれたタブレット端末を使って注文、数日内に宅配で商品が届く仕組みだという。在庫を置かない代わり、店舗はワービーパーカーとお客が接点を持つ場としてデザインされているのだ。

 また、これまでにない素材やデザインにこだわったデニムのジーンズやパンツをヒットさせている男性向けアパレルブランド「ボノボス」も、店舗で商品をチェックして、オンラインで購入するスタイルをとっている。更に、「ボノボス」は、顧客に時間予約を推奨している。予約時間に「ボノボス・ガイドショップ」を訪問すると、ボノボスガイドと呼ばれる専属のスタイリストから様々なアドバイスを受けることができ、ビールなど飲み物のサービスもふるまわれる。「ボノボス」では、「その場で商品を買うことによって得られる瞬間的な満足感より、サービス全体が重要」と、店舗では、相談やもてなしを第一に考えているのである。

 1964年創業の、世界最大級の楽器販売チェーン「ギターセンター」も、店舗での販売とネット通販を融合させている。ここでも、あらかじめオンラインで店舗在庫を確認することと共に、他店や物流センターからの取り寄せを勧めている。

 「ギターセンター」がユニークなのは、各店舗の店長はもとより、同社のスタッフほぼ全員が熱心な音楽マニアであり、楽器を演奏することができる点である。その豊富な知識を活かして、楽器や音楽に関するあらゆる情報をSNSなどで発信し、顧客の好評を得ている

 これらの例から、今日の店舗の存在理由が仄見えてこないだろうか。そう、店舗とは何より顧客との関係を取り結び、顧客をもてなすことによってその関係を強固にしていく場なのである。

 そうした場であることを実現していくための店舗スタッフの条件は、第一に専門性である。角井は、日本の例として、「ヨドバシカメラ」の接客を高く評価している。

 “何よりも店員のみなさんが豊富な製品知識を持っており、接客のレベルが高い、私の贔屓目もあるかもしれませんが、「どの家電を買えばいいかわからない」というときに一番適切なアドバイスをもらえるのは、やっぱりヨドバシカメラです。顧客を第一に考える企業文化が培われているからこそ、ネット通販でも顧客の要望に応えるため、コストがかかっても高い物流品質を維持できる自前配送にこだわっているのだと思います。”

 店員の製品知識の豊富さと共に、顧客にとって有利ならば躊躇なくネット通販利用を薦めることも、顧客にとって魅力的だ。ネット通販のヨドバシ・ドットコムに自信があればこそ、店舗をあえてショールームにし、丁寧な接客を武器にネット通販で買ってもらい、顧客が持ち帰る負担を軽減しているのだ。そして、ネット通販なら、率の高いポイント還元もあり、リピート購入につなげやすく、顧客の囲い込みにも繋がる。実際に店舗を運営している者から見ると、「店舗で売り上げても、ネットで売り上げても、ヨドバシカメラの売上なのだから同じだ、という意識が社員全体に共有されている点」がすごい。

 ここにも、書店現場に今必要とされている意識改革の雛形がある。そして、こうした顧客の利便性を何より優先する姿勢が更に進んで、自社の通販部門はもちろん、たとえそれが同業他社でもかまわない、どうしても自分の店で買って貰おうというのではなく、「どこで買ってくださってもいい」という思いが、実は有効であるとも思うのだ。そうした姿勢は必ずファンの獲得につながり、やがては自社、自店の売上に大きく貢献してくれると、ぼくは信じる。「損して得取れ」である。

 ヨドバシカメラとは別の文脈であるが、角井は日本の例として、老舗百貨店「大丸」の「先義後利」を紹介している。噛み砕いて言えば、「まず相手のことを考えて行動しよう。そうすれば利益は後からついてくる」という理念である。「おもてなし」が必ず利益を連れてくるという信念である。

 但し、書店の場合、ヨドバシカメラとは同じようにいかない事情がある。商品範疇も商品数も多すぎて、大抵の場合顧客の商品知識が店員より勝っているという事情である。逆にいうと、だからこそ商品購入方法については、顧客再優先の柔軟さが大切なのである。「何としてもわが店で買っていただきたい」という姿勢では、その柔軟さを持てない。

 ワービーパーカーやボノボスの「おもてなし」の仕組みが登場した背景の一つは、ファッションブランドがそもそも体験価値であり、ブランディングが重要な分野であることだ。そのことは、書店にとっても大いに示唆的である。それらのブランドショップでは、商品そのものと同時に、その場でのスタッフとの体験そのものが価値なのであるが、そもそも書店は、紙の束ではなく読書体験を売っているのであり、書店で本を選ぶという行為こそ読書体験の第一歩であり、書店でのスタッフとの対話は読書体験の入口、と言えるからだ。

 だが、繰り返すが、書店員が読者よりも商品について詳しいケースは少ない。書店とは、著者というプロと読者というプロを書店員というアマチュアが繋ぐ場なのだ。何がそのことを可能にするのか。商品知識で凌駕できない書店員との対話で、お客様を満足させることを担保するのは何か。商品の内容ではなく、付随的な情報であるかもしれない。だが、インターネットが普及した今、そうした情報もお客様の方がより多く持っている場合の方が多い。

 書店員にとっての最後の砦は、やはり自身の読書体験だと思う。今求められている本、今相談されているジャンルについてお客様ほどの知識がなくとも、読書体験さえ豊富であれば、お客様がその本を読みたいという気持ちは理解でき、その共感のもとで対話は有意に進行しうるからだ。それぞれが得意とするジャンルが違っているからこその、新しい発見もあるだろう。そうした発展的な対話こそ、書店の顧客=読者を満足させるものだと信じる。

 ネット通販も盛んな「ギターセンター」の店舗に集まる顧客は、熱心な音楽マニアである。迎えるスタッフもまた熱心な音楽マニアであることが、店舗での対話を増進し、店舗の居心地の良さを醸し出していることは間違いない。

 書店にポスレジが入り、SA化が進行した時、「これからは、本に詳しい書店員はいらない」という誤った考えが蔓延り始めた。ぼくは、そのことを憂慮し、強く反対した。機械は、技術は、顧客と同じ思いのもとにそれを使いこなす人があってこそ、生きるからだ。

 そう、人間が「使いこなす」ことこそ、IT技術を生かすために不可欠なのである。書店現場でITがはじき出すデータは、本についてのデータである。それを使いこなすために必要なのは、やはり本の知識なのだ。それを培うのは、書店員自身の読書体験である。

 但し、それだけでは十分ではない。顧客との対話によって導き出された商品を販売するのに、顧客にネット通販の利用を薦めることも厭うべきではない、と言った。しかし、書店の顧客には、ネットを使うことが不得手な人も多い。だからこそ、書店を訪れてくれている面もある。

 特にお年寄り。お年寄りには、読書のための時間がある。読書の他にこれといった楽しみもないという方も多い。店頭に立っているとしばしば、お年寄りこそわれわれの大きな市場だと感じる。まして日本は、人口の三分の一が65歳以上という時代を迎えているのだ。書店が、その市場を取り込まない手は無い。

  今や「町の本屋」を謳いはじめたセブンーイレブンの店舗では、従業員が「御用聞き」するサービスを開始した。40万人いる店舗スタッフがタブレットを操作することで、ネットが使えない高齢者からも注文を受け付けることが出来るのだ。

 注文した本の受け取リ場として最大のライバルになるかもしれないCVSが展開しようとしているこうしたサービスを前に、手を拱いていてはいけない。本の販売の大きな市場を、みすみす取り逃すのは、愚策である。

 例えば、今やポイントカードは、ネット登録が基本である。スマホやPCを扱えないお年寄りには、お薦めすることができない。だが、ポイントサービスと引き換えに、膨大な販売データを手に入れそれを活用することがポイントカード戦略の大きな目的であるならば、われわれにとって大切な顧客であるお年寄りにお薦めできないというのは、正しい戦略とは言えないのではないか。

 IT化は加速度的に進み、AI(人工知能)の時代が目の前に迫っている。本格的なAI時代を迎えた時、ぼくたち販売員の最大の(或いは唯一の)仕事は、AIと顧客のインターフェイスたることであろう。ならば今日の段階で、インターネットと顧客のインターフェイスであることに逡巡している場合ではないのである。 (電子書籍がぼくたちの商材を呑み込もうとしたのであれば、AIはぼくたちの仕事そのものを呑み込んでしまうかもしれない。それについては、また稿を改めて論じたい。)

 

福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)

1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。

1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会秋期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。 著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書、2014年)、 『書店と民主主義』(人文書院、2016年)

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