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福嶋聡「本屋とコンピュータ」第168回掲載

福嶋聡「本屋とコンピュータ」第168回掲載

9月21日「第43回出版研究集会 全体会」についての内容です。

http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/honyatocomputer168.htm

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*57回までのコラムは当社刊『希望の書店論』に、2014年~2016年にかけての主なコラムは『書店と民主主義』に収録しています。

 

福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)

1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。

1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会秋期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。 著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書、2014年)、 『書店と民主主義』(人文書院、2016年)


○第168回(2016/9)

 9月21日(水)午後六時、ぼくは都営地下鉄三田線春日駅のダンジョンのような複雑な構造に少しばかり悩まされたなあと、会場の文京区民センター2−A会議室に着いた。そこで開催されるイベントは、出版労連主催「第43回出版研究集会 全体会」である。この後一ヶ月間に4つの分科会が予定されている。ぼくが今回パネリストとして参加する「全体会」のテーマは、「出版産業「崩壊」の危機を前に」であった。

 日本出版学会新会長の植村八潮さんが開会前にやってきて、「何?「崩壊の危機」って。「の前に」って?現状認識から誤っているんじゃないの?」と突っ込む。ぼくは、「出版産業「崩壊」の後で」が正しいタイトルかもしれません、と返した。

 それほどに、出版業界には危機感が、絶望感が満ちている。「崩壊」の足音は、多くの耳に届いている。氷山に向かうタイタニックのクルーたちのように、このままでは沈んでしまうことを、多くの人が予感している。

 パネルディスカッションが始まり、「出版産業「崩壊」の危機を前に」というテーマを与えられてまず考えることは?と司会者から振られた最初のパネリスト中町英樹さん(日本出版協会)も、「出版産業は、もう崩壊している」と語り始めた。それは、今の業界には「誰が読者なのかわからない。どこで売れるのか分からない。どういうお客さんか分からない」からだ。これまでの業態を「当たり前」だと 思い、読者を考えずに来たから、読者が変わったのに、自らが変わることができなかったのである。

 委託制度は、需要が供給を上回っていた時代は有効に機能したが、供給が需要を上回っている今日、むしろ弊害の方が大きくなってきた。だから、例えば日販のインセンティブ契約などは、新しい試みとして評価できる。確かにここに来て、その縮小のモメンタムの影響も出てきてしまっているが。いずれにしても、「本は、定価で、新刊書店で買いましょう」というテーゼが成り立ちにくくなり、アマゾンの急成長を許してしまった今日、「店のお客が何を求めているか?」に真摯に向き合うという原点に帰らないかぎり、出版産業の再生はない。

 それを受けて、ぼくは次のように発言した。

 確かに書店現場からも、自分たちの客を知ろうというモチベーションが減退、或いは無くなってきつつある。個人情報保護法などという法律、就中その拡大解釈も大きい。そうした動きに対抗するどころか、むしろそれに乗ってしまっているところがある。ぼくはそうした流れに反発した。新宿ロフトプラスワンの「個人情報保護法粉砕」の集会に参加したりもした。「商売人が客のことを知ろうとして、何が悪い」という、極めて単純な、ぼくにとっては当たり前の発想だった。

 そして、通販に対抗して書店がやらなければならないことは、読者に様々な本の主張に関心を持ってもらうことだ。そのためには、議論を巻き起こさなくてはならない。書店空間そのものが、様々な本たちの林立によって、議論の場でありたい。その一つの方法が、書店員自身の明確な主張を伴ったブックフェアだ。ぼくが行なった『NOヘイト!』のフェアも、渋谷店での「民主主義」フェアもそうだった。クレームが来ることを、恐れない。むしろ、歓迎したい。クレーム客と真摯に向き合って意見を述べる時こそ、普段「お客様、お客様」と持ち上げながら一定の距離を取ってしまっている来店客と対話をし、コミュニケーションを持つチャンスだからだ。

 続く扶桑社の梶原治樹さんは、自分は出版販売のピークだった1996年以降の入社なので、右肩下がりの時代しか知らない、そんな中で、今一番厳しい雑誌の世界では、時限再販やデジタル化など、新しい試みが出てきている、独立系の個性的な書店も出現してきた、これまでの常識に縛られない若い世代の力に期待したい、と述べられた。

 続いて中町さんが「間違ったマーケティングが蔓延っている」と断じた。モノマネ企画、資金繰りのための新刊洪水には、まず読者を見ようとする観点はなく、ただただ出版業界、出版流通業界を疲弊させているだけだ。その狭間にあって、感覚の優れた編集者はいい本を出している、そうした商品を大切にするべきだ、と言われる。

 梶原さんも、今や出版社の出版企画会議に紀伊國屋書店のパブライン情報は不可欠で、創る側がPOSデータによる「実績」に左右されている、と証言する。

  「間違ったマーケティングが蔓延っている」という中町さんの診断にはぼくも同意する。出版社だけでなく、書店においてもPOSデータに振り回され、過去に数多く売れた本を引っ張りすぎている。自分の店を利用しているこの本を買いそうなお客様にはもう行き渡ったから、そろそろ棚差しにしよう、あるいは外してしまおうという発想は、なかなか出てこない。つまり、自分の店の客を、ちゃんと見ていないということだ。

 最後に言いたいこと、というコーナーのためにぼくが用意していたのは、『本屋がなくなったら、困るじゃないか』(西日本新聞社)という本。この本は、福岡市の福岡大学セミナーハウスに、出版社、取次、書店の人たち12名が2日間延べ11時間に亘って車座トークをした記録だ。12名以外にも、会場からの発言も入る。12名の中の一人、文化通信社の星野さんが、「時間が長いということもあり、繰り返し原点の話に立ち戻ることができたんです。同じことを何度も、違う視点で見つめなおすことができた。良い意味での堂々巡りができたし、話をムシ返せるのは良かった」と振り返っているが、読者としても同じ感想を持つ。「ブレインストーミング」というのだろうか?参加者がそれぞれの思いを自由に語りだすからこそ炙り出されるもの、決して予めシナリオにあったわけではない問題の中心が、自然と見えてくるのだ。そして、決して結論を求めない長い討議の末に、「常識を超えた」新しい物流の仕組みが仄見えてくるのである。

 車座トークのはじめの方で星野さんが「「大山緑陰シンポジウム」を思い出します」と言っている。ぼくも、本を読み始めてすぐに、5回中2回参加した「大山緑陰シンポジウム」を思い出した。最後の年に出版社の若手営業マンが「これでこのシンポジウムが最後と思うと、寂しいですね」と言うので、「そう思うなら、東京に帰って自分たちで新たに作ったらいい」とぼくが焚き付けてできたのが「でるべんの会」だった。梶原治樹さんは、その会の主要なメンバーなのだ。

 そんな縁も感じて、今回のイベントではどうしてもこの本を紹介したかったのだが、あるいはその底には、3人で2時間では問題提起もままならない、という思いがあったのかもしれない。

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