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会社情報(沿革)

人文書院は1922年(大正11年)の創業以来、百年にわたって京都の地で出版社を続けてきました。変転著しい出版業界にあって活動を続けてこられた経過を年譜の形式で振り返ります。

残念ながら、過去の事はわからないことがたくさんあります。今後の調査が進めば事実関係が大きく異なる場合もあることをご承知おきください。

西暦(和暦) 人文書院の主な出来事、主な刊行物 刊行点数
1908
明治41年
渡辺久吉(藤交)、二十三歳の時に京都市四条寺町下ル透玄寺内で日本心霊学会を立ち上げる。久吉は愛知県出身、浄土宗寺院の四男で、京都の佛教専門学校(知恩院内)を卒業。島根の浄土宗寺院で修業をしていたがそこで病を患い心霊治療に出会う。その後、仏門の衰退を嘆き、仏教者の外護方便としての心霊治療を伝授する組織を作り、それが日本心霊学会に発展したと考えられる。
(写真は心霊治療を施す渡辺藤交)
0
1909
明治42年
  0
1910
明治43年
  0
1911
明治44年
  0
1912
明治45年
大正元年
  0
1913
大正2年
日本心霊学会、日本心霊学会会員に対し配付用の『心霊治療秘書』を発行。昭和十一年まで発行し続ける。講習会に参加し免状を与えられるとこの本が渡されたと思われる。
○主な刊行物
渡邊藤交『心霊治療秘書』(日本心霊学会、非売品)

0
1914
大正3年
一月、日本心霊学会、台南出張治療。 0
1915
大正4年
四月、日本心霊学会、満洲出張治療。
七月、日本心霊学会機関紙「日本心霊」発行開始。全国の一万を超える会員に向けて情報を発信するための機関紙で、福来友吉の論文や宗教界情報、治療体験談などを掲載した。当初は毎月七日発行。
(創刊号公開)

1面 http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/shinrei00101.jpg

2面 http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/shinrei00102.jpg

3面 http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/shinrei00103.jpg

4面 http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/shinrei00104.jpg

0
1916
大正5年
一月、「日本心霊」月二回発行(一日、十五日)となる。 0
1917
大正6年
十月、日本心霊学会会務拡張のため京都市河原町二条下ル(京都ホテル北隣)に移転する。
(写真は河原町二条の日本心霊学会本部)
0
1918
大正7年
○主な刊行物
日本心霊学会『現在及将来の心霊研究』(日本心霊学会)
1
1919
大正8年
一月、「日本心霊」新聞紙法に基づき発刊されるようになる。 0
1920
大正9年
十一月、久吉の長男・渡辺睦久誕生。のちの二代目社長。 0
1921
大正10年
○主な刊行物
「日本心霊」編輯部『霊の神秘力と病気』(日本心霊学会)
1
1922
大正11年
「日本心霊学会出版部」創業。この年をもって人文書院創業とする。「日本心霊」紙にこの年が創業の年という記述は無いが、日本出版史年表における一九二二年創業説と、出版部の創設という事実から推測。 0
1923
大正12年
一月、「日本心霊」月三回発行(一日、十日、二十日)となる。
○主な刊行物
福来友吉『生命主義の信仰』
1
1924
大正13年
○主な刊行物
野村瑞城『原始人性と文化』
3
1925
大正14年

六月、日本心霊学会創立十八周年学術講演会、京都市公会堂にて開催。福来友吉「無我一念(精神統一の妙味)」、今村新吉「強迫観念と恐怖心」の題で講演。この講演の様子は書籍として刊行される。
(写真は講演する今村新吉)
http://www.jimbunshoin.co.jp/files/p1.jpg
○主な刊行物
今村新吉『神経衰弱について』
福来友吉『觀念は生物なり』

4
1926
大正15年
昭和元年
「日本心霊」編集長であった野村瑞城が書いた『白隠と夜船閑話』が売れに売れ、年内に七版を数える。戦後に至るまで刊行され続けるロングセラーとなった。
○主な刊行物
野村瑞城『白隱と夜船閑話』
3
1927
昭和2年
十一月、「日本心霊学会出版部」を「人文書院」に改名。フランス語の「ユマニスム」から連想を得た今村新吉の命名によるという。「日本心霊」紙上には出版上の便宜を図り誤解を防ぐためとある。

○主な刊行物
今村新吉『神經衰弱とヒステリーの治療法』
小酒井光次(不木)『慢性病冶療術』
4
1928
昭和3年
○主な刊行物
日本心霊編輯部編『「病は気から」の新研究』
4
1929
昭和4年
○主な刊行物
永井潜『人生論』
2
1930
昭和5年
○主な刊行物
野村瑞城『沢庵と不動智の体現』
2
1931
昭和6年
心霊学に加え心理学書や医学書も刊行しはじめる。京都帝国大学医学部教授であった今村新吉の紹介によるものと思われる。
○主な刊行物
小南又一郎『実例法医学と犯罪捜査実話』
清水正光『呼吸哲学』
藤浪剛一『東西沐浴史話』
5
1932
昭和7年
○主な刊行物
巴陵宣祐『人類性生活史』
7
1933
昭和8年
○主な刊行物
高橋宮二『千里眼問題の真相』
カアリングトン『現代心霊現象の研究』
5
1934
昭和9年
大阪朝日新聞「天声人語」担当者であった釋瓢齋(永井栄蔵)による辛口エッセイ『俗つれづれ』が大ヒットし年内に十八版を重ねる。
この年から文芸書を刊行しはじめ、心霊学の本はラインナップから外れる。野村瑞城が退社し清水正光が編集長に就任した影響と思われるが時期不明。
○主な刊行物
釋瓢齋『俗つれづれ』
森田正馬『生の慾望』
富田溪仙『無用の用』
11
1935
昭和10年
○主な刊行物
齋藤瀏『萬葉名歌鑑賞』
河井醉茗『南窓』
富田溪仙『無用の用』
23
1936
昭和11年
保田與重郎、『日本の橋』他(『英雄と詩人』も含む)で池谷賞受賞。この年から「日本浪漫派」同人参加者の書籍が多くなる。
○主な刊行物
岸田國士『時・處・人』
保田興重郎『英雄と詩人』
金田一京助『学窓随筆』
39
1937
昭和12年
一月、「日本心霊」月一回(一日)発行となる。出版事業に傾注するため。
○主な刊行物
佐佐木信綱『歌がたり』
正宗白鳥『予が一日一題』
倉田百三『東洋平和の恋』
22
1938
昭和13年
○主な刊行物
佐々木信綱ほか編『傷痍軍人聖戦歌集 第一集』
34
1939
昭和14年
三月、元東京市長、貴族院議員永田秀次郎『国民の書』が大ヒットとなり一カ月で二十版。七月には三十版に到達する。
七月、「日本心霊」七月十五日(通巻七〇三号)をもって廃刊。「事変下の資源愛護」のため。これ以降日本心霊学会の活動の記録が無くなり、一体いつ消滅したのかも定かではない。(写真は「日本心霊」廃刊の辞)

九月、〈作家自選短編小説傑作集〉刊行開始。「作家自らが、最も自信と愛惜を持つ、文字通りの代表作許りを、自選したもので、唯に当該作家の傑作集たるのみならず、その決定版である」(奥付広告より)。題未定の中に川端康成の名も見えるが、人文書院から川端の著書は刊行されていない。

このころから国粋的な出版物が増加する。
○主な刊行物
平田宗行口述『闇をひらく 失明勇士の手記』
永田秀次郎『国民の書』
34
1940
昭和15年
○主な刊行物
水原秋桜子『聖戦と俳句』
中河與一『愛の約束』
太宰治『思ひ出』
31
1941
昭和16年
○主な刊行物
佐佐木信綱『和歌初学』
飯田蛇笏『旅行く諷詠』
28
1942
昭和17年
このころから企業統制による出版社の統合が議論される。
○主な刊行物
田辺秀雄『レコードと其音楽』『器楽と声楽』
16
1943
昭和18年
○主な刊行物
四賀光子『伝統と現代和歌』
14
1944
昭和19年
六月、人文書院、立命館出版部などほか数社と合併し京都印書館を立ち上げる。用紙の割り当ての都合で合併したため、しばらくは「発行:人文書院 発売:京都印書館」となる。
○主な刊行物
長倉智恵雄『歌集 青嶺』
4
1945
昭和20年
八月、終戦直前に建物疎開により河原町二条の社屋兼自宅を引き払い東山区高台寺北門へ引っ越す。
九月、終戦後初の出版活動として中河与一『愛の約束』を二万部重版。六円五〇銭。関西のみの販売であったが、年末までにほぼ売り切る。
○主な刊行物
前川佐美男『歌集 金剛』(発行:人文書院 発売:京都印書館設立準備室)
2
1946
昭和21年
一月、『愛の約束』を再度二万部重版。十三円五〇銭。
十一月、清水正光、京都印書館の支配人に就任。渡辺睦久、京都印書館で清水の元で編集者として勤務。
このころ、京都で戦後創業した世界文学社が翻訳出版ブームを起こし、京都の出版界が活発化する。
○主な刊行物
佐佐木信綱『上代歌謡の研究』
2
1947
昭和22年
十二月、久吉、京都印書館取締役を任期満了で辞任。人文書院が完全に復活する。若干二十七歳の渡辺睦久が編集長となる。渡辺睦久は慶應義塾大学文学部でドイツ文学を学んでいたため、戦後の翻訳出版ブームに乗り翻訳企画に乗り出す。
○主な刊行物
和田利男『漱石のユーモア』
田邊尚雄『名曲詳解 増補』
7
1948
昭和23年
七月、〈キェルケゴオル選集〉(全十五巻、一九四八~四九)刊行開始。第一回配本は『愛について』(芳賀檀訳)。初版二千部がすぐに売り切れ、即重版。
○主な刊行物
佐佐木信鋼『万葉集を読まうとする人に』
キェルケゴオル『愛について』
14
1949
昭和24年
三月、渡辺睦久、少年時代からの憧れであったヘッセに翻訳出版依頼の手紙を出す。戦後の通信状況の悪い中、多分届かないだろうが届いたら嬉しいというぐらいの気持ちで書いた手紙だったという。
七月、ヘッセより翻訳出版許可の手紙が到着。
十一月、〈ヘッセ著作集〉(全二十三巻、一九四九~五五)刊行開始。第一回配本は『郷愁(ペーター・カメンチンド)』
○主な刊行物
ショーペンハウエル『愛と生の苦悩』
キェルケゴオル『あれか・これか』(上・中・下)
ヘッセ『郷愁』
12
1950
昭和25年
〈ヘッセ著作集〉『郷愁』、一九五〇年中に十三万部を売る大ヒットとなる。
八月、サルトル全集の出版権取得。既刊十一冊を全巻一括契約する。
十月、〈サルトル全集(旧)〉(巻数未定)刊行開始。伊吹武彦、佐藤朔、渡辺一夫監修。第一回配本は『自由への道 第一部 分別ざかり 上巻』。初版一万部はたちまち売り切れる。
○主な刊行物
サルトル『自由への道 第一部 分別ざかり』
8
1951
昭和26年
五月、元人文書院編集長清水正光死去(享年五十四歳)。
十二月、京都印書館解散。
○主な刊行物
サルトル『嘔吐』
サルトル『自由への道 第二部 猶予』
ラディゲ『肉体の悪魔』
10
1952
昭和27年
一月、サルトル・ヘッセで増加した利益の税金対策のため株式会社に改組する。(資本金200万円)株式会社人文書院創立事務所発足。中京区二条富小路の社屋に移転。
七月、鈴木信太郎の監修による〈ランボオ全集〉(全三巻)刊行。第一回配本『ランボオ全集第一巻 詩集ほか』。
十一月、下京区仏光寺高倉に移転。昔ながらの京町屋という風情ある建物で、周囲をお寺に囲まれた環境であった。
(写真は昭和末期、仏光寺高倉の社屋。車は取次店への搬入に使っていた日産バネット)

元中央公論社、美術出版社編集者の津曲篤子、元高桐書院、世界文学社営業部の楠木利朗入社。
○主な刊行物
ヘッセ『車輪の下』
サルトル『自由への道 第三部 魂の中の死』『劇作集 汚れた手』『劇作集 恭しき娼婦』
18
1953
昭和28年
一月、〈現代フランス名作集〉(全九巻)刊行開始。第一回配本はアンドレ・ジイド『田園交響楽・愛の試み』。倒産した青磁社や世界文学社の刊行していた翻訳書を取り込み、海外文学のラインナップを増加させる。当初はサルトル『水いらず』もこのシリーズであった。
五月、〈堀辰雄全集〉を企画し堀辰雄の内諾を得るも、堀が急死し企画を断念する。人文書院からは『美しい村』『大和路・信濃路』のみ刊行。
五月、資本金を300万円に増資。
○主な刊行物
ヘッセ『放浪』『孤独者の音楽』『知と愛(ナルチスとゴルトムント)』
サルトル『唯物論と革命』『アメリカ論』
カミュ『不条理と反抗』

ジャン・ヴァール『実存主義的人間』
22
1954
昭和29年
○主な刊行物
サルトル『水いらず』『歯車』
リルケ『セザンヌ』
ヘッセ『デミアン』『夜の慰め』
13
1955
昭和30年
三月、カプラン『誘惑者』(堀口大学訳)わいせつ文書頒布容疑で人文書院が家宅捜索を受ける。一九五〇年に起こった『チャタレイ夫人の恋人』裁判が長期化し、「芸術か、わいせつか」の論争が巻き起こったため。新潮社『セクサス』とともに容疑を掛けられるが不起訴。
○主な刊行物
丹羽文雄『私の人間修業』
堂本印象『美の跫音』
サルトル『実存主義とは何か』『想像力の問題』
9
1956
昭和31年
二月、津曲篤子、退社し彌生書房を立ち上げる。
○主な刊行物
グラック『アルゴオルの城』
堀辰雄『美しい村』
武者小路実篤『人間論』

サルトル『存在と無 Ⅰ』『狂気と天才 (キーン)』『ボードレール』『ネクラソフ』
12
1957
昭和32年
三月、〈永遠の作家叢書〉(全八巻、一九五七~一九六七)刊行開始。初回刊行はモーリヤック『プルースト』
○主な刊行物
ゲーテ『神・自然・芸術・人生』
サルトル『スターリンの亡霊』『哲学論文集』
9
1958
昭和33年
〈サルトル全集〉それまで各巻上下巻に分かれていた『自由への道』三冊を二段組とし各巻一冊本とする。(改訂縮刷版)
十一月、『近代絵画』『ゴッホ』野間文芸賞受賞。
○主な刊行物
小林秀雄『近代絵画』『ゴッホ』
福永武彦『愛の試み・愛の終り』
サルトル『存在と無 Ⅱ』
10
1959
昭和34年
六月、〈パスカル全集〉(全三巻)刊行。伊吹武彦、前田陽一、渡辺一夫監修。
○主な刊行物
井上靖『旅路』
石垣綾子『今日の女性たち』
10
1960
昭和35年
一月、〈ゲーテ全集〉(全十二巻、一九六〇~六二)刊行開始。大山定一、小牧健夫、国松孝二、高橋義孝編集。第一回配本は『若きウェルテルの悩み』(前田敬作訳)。
二月、〈ギリシャ悲劇全集〉(全四巻)刊行。第一回配本は『アイスキュロス』
○主な刊行物
ゲーテ『若きウェルテルの悩み』『ファウスト』
サルトル『存在と無 Ⅲ』
12
1961
昭和36年
一月、〈伊藤静雄全集〉(全一巻)刊行。桑原武夫・小高根二郎・富士正晴編。これ以降新資料や書簡が発見されるたびに改訂がなされる。
五月、〈サルトル著作集〉(全七巻)刊行。増補の上、小説と戯曲に絞ったタイトルで上製本として出版。第一回配本は『嘔吐 水いらず他』
九月、〈ギリシャ喜劇全集〉(全二巻)刊行。第一回配本は『アリストパネス』
十二月、〈サルトル全集〉『自由への道 第四部』刊行。断片のみで終わっており四〇頁ほどしかないため、『第三部』に併録する。これにより〈サルトル全集〉第四巻は欠番となる。
○主な刊行物
サルトル『アルトナの幽閉者』
14
1962
昭和37年
五月、資本金を450万円に増資。
八月、ヘルマン・ヘッセ死去(享年八十五歳)。
〈ヘッセ著作集〉を順次新装版に切り替える。それまでのシンプルな装幀から、ヘッセ直筆の水彩画が入った四色刷りのジャケット付となった。
○主な刊行物
ゲーテ『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』『ウィルヘルム・マイスターの遍歴時代』
山本健吉『大和山河抄』
サルトル『方法の問題』『弁証法的理性批判 Ⅰ』
9
1963
昭和38年
一月、〈牧野信一全集〉(全三巻)刊行。河上徹太郎・山本健吉・牧野英二編集。
五月、〈ボードレール全集〉(全四巻、一九六三~六四)刊行開始。福永武彦編集。第一回配本は『悪の華』。初版本、再版本などすべてを網羅した決定版。
五月、〈講座哲学大系〉(全七巻、一九六三~六四)刊行開始。田中美知太郎編集、湯川秀樹推薦文。第一回配本は『哲学そのもの』。
五月、資本金を600万円に増資。
○主な刊行物
サルトル他『マルクス主義と実存主義』
スタンダール『恋愛論』
9
1964
昭和39年
五月、資本金を1000万円に増資。
六月、『若きウェルテルの悩み』ゲーテ全集からのスピンオフで単行本化。
八月、〈サルトル全集〉改版。『アメリカ論』『スターリンの亡霊』『文学とは何か』などを絶版とし、原著に倣った『シチュアシオン』に再構成。
〈ラシーヌ戯曲全集〉(全二巻)刊行開始。伊吹武彦/佐藤朔編集。
○主な刊行物
ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
串田孫一編『雲花雨街樹鳥海夜』
10
1965
昭和40年
五月、〈世界歴史〉(全七巻)刊行開始。京都大学の歴史系学者を動員して刊行された。第一回配本『現代の世界』
〈サルトル全集〉広告展開を検討するも、「新聞の一面広告より本人を日本に呼んだ方が宣伝になる」としてサルトル招聘を計画する。
7
1966
昭和41年

渡辺睦久が社長に就任し、久吉は会長となる。
六月、サルトル招聘のために慶大佐藤朔学長と相談し、共同招聘を決定する。渡辺睦久が渡仏し、現地で朝吹登水子とともにサルトル、ボーヴォワールを説得する。
七月、『増補改訂版 伊藤静雄全集』(全一巻)刊行。
九月、サルトル、ボーヴォワールが来日。二十九日間の滞在で三度の講演会をこなし、東京、京都、広島など日本各地を訪問した。彼らの行動は連日新聞で報道され日本に実存主義ブームを巻き起こした。
(写真は奈良・法隆寺を観光するサルトルとボーヴォワール。右端は朝吹登水子、左端は弊社社長(当時)渡辺睦久)

十一月〈ボーヴォワール著作集〉(全九巻、一九六六~六七)刊行開始。第一回配本は『第二の性 Ⅰ』(生島遼一訳)。ボーヴォワールたっての希望により出版された。
『転身物語』日本出版文化賞受賞。
○主な刊行物
オウィディウス『転身物語』
サルトル『言葉』『聖ジュネ Ⅰ・Ⅱ』『トロイアの女たち』
ボーヴォワール『第二の性 Ⅰ・Ⅱ』

17
1967
昭和42年
二月、〈人文選書〉刊行開始。前年のサルトル、ボーヴォワールの講演録を出版するために立ち上げたレーベル。全二十二冊。
○主な刊行物
サルトル『知識人の擁護』
ボーヴォワール『女性と知的創造』
サルトル他『ラッセル法廷』
18
1968
昭和43年
五月、〈ロートレアモン全集〉(全一巻)刊行。
九月、〈スタンダール全集〉(全十二巻、一九六八~七三)刊行開始。桑原武夫/生島遼一編集。第一回配本は『アンリ・ブリュラールの生涯』
十二月、〈フロイト著作集〉(全十一巻、一九六八~八四)刊行開始。第一回配本は『夢判断(全)』。当初全七巻予定であったが、好評のため全十一巻となる。
○主な刊行物
ニーチェ『ニーチェ全詩集』
アルチュセール『蘇るマルクス Ⅰ・Ⅱ』
フロイト『夢判断』
14
1969
昭和44年
〈フランス文化史〉(全三巻)刊行開始。はじめ〈人文選書〉の枠で刊行されたが、のちに単行本となる。
○主な刊行物
ボーヴォワール『危機の女』
福永武彦『心の中を流れる河』『世界の終り』
14
1970
昭和45年
〈アンドレ・ブルトン集成〉刊行開始。瀧口修造監修。第一巻、第三~七巻が出た後途絶する。『シュルレアリスムと絵画』『秘法十七』は後単行本として刊行される。
○主な刊行物
ブルトン『ナジャ 通底器』『シュルレアリスム宣言集』
フロイト『自我論・不安本能論』『日常生活の精神病理学 他』
亀井勝一郎他『飛鳥路』
16
1971
昭和46年
この頃から全集の売れ行きが鈍り始め、単行本の刊行点数が多くなる。
十二月、〈定本 伊藤静雄全集〉刊行。二度目の改訂となる。
○主な刊行物
遠藤周作『切支丹の里』
塚本邦雄『星餐圖』『夕暮の諧調』
庄野英二『愛のくさり』
14
1972
昭和47年
十一月、〈久野収対話集〉(全四巻)刊行開始。
○主な刊行物
ボーヴォワール『老い 上・下』
ラファルグ『怠ける権利』
富士正晴『紙魚の退屈』
18
1973
昭和48年
十一月、〈ギリシア文明史〉(全三巻)刊行開始。
○主な刊行物
福永武彦『意中の文士たち 上・下』『意中の画家たち』
中村真一郎・小田実『中村真一郎+小田実=対話篇』
サルトル『弁証法的理性批判 Ⅲ』
20
1974
昭和49年
二月、福永武彦『意中の文士たち』『意中の画家たち』をセットにした限定豪華本を刊行。
○主な刊行物
富士正晴『へそ曲がり名言集』
寺山修司『地平線のパロール』
塚本邦雄『十二神将変』『煉獄の秋』
20
1975
昭和50年
このころ、物価の値上げに目録の改訂がついていかず、目録から定価が消える。
二月、渡辺久吉死去(享年九十歳)。
○主な刊行物
生田耕作『るさんちまん』
キュリー母娘『母と娘の手紙』
塚本邦雄『薔薇色のゴリラ』
16
1976
昭和51年
九月、〈ランボー全集〉(全三巻、一九七六~七八)新版刊行開始。
ユング刊行をきっかけに東洋思想への接近はじまる。
○主な刊行物
澁澤龍彦『旅のモザイク』
吉良竜夫『自然保護の思想』
ユング『心理学と錬金術 Ⅰ・Ⅱ』
13
1977
昭和52年
〈サルトル全集〉第三十八巻『シチュアシオンⅩ』をもってサルトル全集完結。
○主な刊行物
入江相政『余丁町停留所』
高橋たか子『記憶の冥さ』
村山リウ『わたしの中の女の歴史』
18
1978
昭和53年
○主な刊行物
井筒俊彦『神秘哲学 Ⅰ・Ⅱ』
津島美知子『回想の太宰治』
鴨居羊子『のら猫トラトラ』
18
1979
昭和54年
物価が安定し、目録に本体価格が復活する。
二月、オフコン導入。手書きの伝票から複写式ドットプリンタの伝票となる。
五月、〈黄金伝説〉(全四巻、一九七九~一九八七)刊行開始。
五月、〈ジュリアン・グリーン全集〉(全十四巻、一九七九~八三)刊行開始。
○主な刊行物
井筒俊彦『イスラーム生誕』
マネー『性の署名』
アンジェロウ『歌え、翔べない鳥たちよ』
26
1980
昭和55年
二月、『一休―狂雲集の世界』読売文学賞(研究・翻訳賞)受賞。
四月、サルトル死去(享年七十四)。
十一月、〈象徴哲学大系〉刊行開始。第一回配本は『古代の密議』。
○主な刊行物
柳田聖山『一休―狂雲集の世界』
ハクスレー『島』

ユング『黄金の華の秘密』
25
1981
昭和56年
○主な刊行物
ヴェーユ『哲学講義』
ボーヴォワール『青春の挫折』
フォンフランツ『おとぎ話における悪』『おとぎ話における影』
22
1982
昭和57年
三月、〈家の馬鹿息子〉(全五巻、一九八二~二〇二一)刊行開始。フローベール論としてサルトルが著した未完の大著。
四月、左京区一乗寺に木ノ本モータープール(月極駐車場)開業。
○主な刊行物
レヴィ『高等魔術の教理と祭儀 教理篇』
福永光司『道教と日本文化』

津島佑子『私の時間』
佐保田鶴治『ヨーガ禅道話』
28
1983
昭和58年
一月、〈コンラッド中短篇小説集〉(全三巻)刊行。第一回配本は『潟、闇の奥他』(中野好夫他訳)。
○主な刊行物
ボーヴォワール『別れの儀式』
吉野裕子『陰陽五行と日本の民俗』
大谷晃一『鴎外、屈辱に死す』
28
1984
昭和59年
五月、〈菊池栄一著作集〉(全四巻)刊行。
○主な刊行物
野間宏・沖浦和光『アジアの聖と賤』
キャンベル『千の顔をもつ英雄 上・下』
吉野裕子『扇』
36
1985
昭和60年
○主な刊行物
野間宏/沖浦和光『日本の聖と賤 中世篇』
ナイポール『インド・闇の領域』『インド・光と風』
サルトル『奇妙な戦争』
27
1986
昭和61年
四月、ボーヴォワール死去(享年七十八歳)。
五月、〈ユング・コレクション〉(全十五巻、一九八六~)刊行開始。第一回配本は『心理学的類型1』
○主な刊行物
脇田修『近世大坂の町と人』
佐保田鶴治『八十八歳を生きる』
ランク『英雄誕生の神話』
28
1987
昭和62年
社屋老朽化による移転問題が本格化する。
三月、木ノ本モータープール廃業。土地を売却し新社屋取得用の資金とする。
○主な刊行物
吉野裕子『持統天皇』
ハナー『評伝ユング Ⅰ・Ⅱ」
福永光司『道教と古代日本』
31
1988
昭和63年
○主な刊行物
ルルカー『聖書象徴事典』
大沼忠弘『実践カバラ』
ランク『分身 ドッペルゲンガー』
25
1989
昭和64年
平成元年
『リンネとその使徒たち』大佛次郎賞受賞。
○主な刊行物
ホイットン他『輪廻転生』
西村三郎『リンネとその使徒たち』
ユング『心理学と宗教』
33
1990
平成2年
○主な刊行物
ユング『アイオーン』
バタイユ『至高性―呪われた部分・第三部』
29
1991
平成3年
四月、伏見区竹田真幡木町に社屋を新築し移転。
○主な刊行物
キャンベル『宇宙意識』
銭谷武平『役行者 ものがたり』
セリグマン『魔法』
32
1992
平成4年
○主な刊行物
志村ふくみ『語りかける花』
番場一雄『新・ヨーガのすすめ』
28
1993
平成5年
六月、志村ふくみ『語りかける花』日本エッセイストクラブ賞受賞。
十一月、『松と日本人』毎日出版文化賞受賞。
十一月、『西と東の神秘主義』日本翻訳文化賞受賞。
○主な刊行物
有岡利幸『松と日本人』
槇佐知子『医心方の世界』
34
1994
平成6年
十月、〈サルトル全集〉を解体、単行本化はじまる。『嘔吐』『実存主義とは何か』『存在と無』などがハードカバーで刊行される。
○主な刊行物
ジュネ『恋する虜』
天沢退二郎訳『聖杯の探索』
吉野裕子『十二支』
36
1995
平成7年
一月、阪神淡路大震災で社屋が被災。被害は軽微。
○主な刊行物
レイトン『大量殺人者の誕生』
ユング『結合の神秘 Ⅰ』
西川長夫/宮島喬編『ヨーロッパ統合と文化・民族問題』
32
1996
平成8年
八月、〈飛鳥学〉刊行開始。第一回配本は『飛鳥学総論』。
六月、『三弦の誘惑』三島由紀夫賞受賞。
○主な刊行物
福永光司『「馬」の文化と「船」の文化』
頼藤和寛『賢い利己主義のすすめ』
32
1997
平成9年
八月、『増補改訂版 回想の太宰治』刊行。
九月、住所表記が伏見区竹田西内畑町となる。
○主な刊行物
グラック『アンドレ・ブルトン』
白畑よし/志村ふくみ『心葉』
ブルトン『シュルレアリスムと絵画』
39
1998
平成10年
十二月、人文書院ホームページ開設。
○主な刊行物
レヴィ『魔術の歴史』
上田正昭監修『京都人権歴史紀行』
ヨベル『スピノザ 異端の系譜』
30
1999
平成11年
○主な刊行物
レリス『ピカソ ジャコメッティ ベイコン』
テヴォー『不実なる鏡』
西川長夫『フランスの解体?』
30
2000
平成12年
○主な刊行物
デリダ『アポリア』
鈴木雅雄/真島一郎編『文化解体の想像力』
宮元健次『建築家 秀吉』
29
2001
平成13年
二月、〈叢書 文化研究〉(全六巻、二〇〇一~二〇〇八)刊行開始。第一回配本は太田好信『民族誌的近代への介入』
○主な刊行物
ユング『夢分析 Ⅰ』
岡田温司編『カラヴァッジョ鑑』
龍村修『生き方としてのヨガ』
32
2002
平成14年
○主な刊行物
山口昌子『シャネルの真実』
アガンベン『中味のない人間』
小岸昭『隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン』
28
2003
平成15年
七月、〈新近畿日本鉄道叢書〉刊行開始。
岡田温司『モランディとその時代』吉田秀和賞受賞。
○主な刊行物
今村仁司『清沢満之の思想』
クリフォード『文化の窮状』

クルマ『アラーの神にもいわれはない』
34
2004
平成16年
○主な刊行物
ナンシー『肖像の眼差し』
金森修『科学的思考の考古学』
38
2005
平成17年
三月、新曜社から引き継ぎ、〈心の危機と臨床の知〉刊行開始。後平凡社に引き継がれる。
○主な刊行物
ユベルマン『残存するイメージ』
大平幸代編『中国女性史入門』
31
2006
平成18年
渡辺博史が社長就任。
○主な刊行物
納富信留『ソフィストとは誰か?』
小泉義之『「負け組」の哲学』
36
2007
平成19年
一月、〈吉野裕子全集〉(全十二巻、二〇〇七~〇八)刊行開始。本全集完結直前に吉野裕子死去。
十月、『ソフィストとは誰か?』サントリー学芸賞(思想・歴史)受賞。
○主な刊行物
四方田犬彦『日本のマラーノ文学』『翻訳と雑神』
小岸昭『中国・開封のユダヤ人』
美馬達哉『〈病〉のスペクタクル』
40
2008
平成20年
○主な刊行物
ネグリ/ハート『ディオニュソスの労働』
佐藤嘉幸『権力と抵抗』
29
2009
平成21年
○主な刊行物
志村ふくみ『白夜に紡ぐ』
井川義次『宋学の西遷』
21
2010
平成22年
六月、鈴木道彦訳『嘔吐』刊行。人文書院としては三度目の刊行となる。
六月、ホームページリニューアル。
九月、〈レクチャー第一次世界大戦を考える〉(全十三巻予定)刊行開始。第一回配本は『徴兵制と良心的兵役拒否』『「クラシック音楽」はいつ終わったのか?』
十月、〈ブックガイドシリーズ基本の30冊〉(全十二巻、二〇一〇~二一)刊行開始。第一回配本は『東アジア論』『倫理学』『科学哲学』
○主な刊行物
美馬達哉『脳のエシックス』
藤原潤子『呪われたナターシャ』
25
2011
平成23年
○主な刊行物
藤原辰史『カブラの冬』
山室信一『複合戦争と総力戦の断層』
25
2012
平成24年
○主な刊行物
志村ふくみ『晩禱』『薔薇のことぶれ』
山田奨治『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』
23
2013
平成25年
○主な刊行物
西成彦『胸さわぎの鴎外』
富田武『シベリア抑留者たちの戦後』
佐藤志乃『「朦朧」の時代』
24
2014
平成26年
三月、佐藤志乃『「朦朧」の時代』芸術選奨新人賞受賞。
九月、〈象徴哲学大系〉新版刊行。
○主な刊行物
岡田温司『イメージの根源へ』
サド『閨房哲学』
24
2015
平成27年
四月、渡辺睦久死去(享年九十五歳)
○主な刊行物
中井久夫『戦争と平和 ある観察』
赤坂憲雄『司馬遼太郎 東北をゆく』
一ノ瀬俊也『戦艦大和講義』
31
2016
平成28年
九月、〈星野智幸コレクション〉(全四巻)刊行。
十二月、堀田江理『1941 決意なき開戦』アジア・太平洋賞(特別賞)受賞。
○主な刊行物
メイヤスー『有限性の後で』
小山友介『日本デジタルゲーム産業史』
福嶋聡『書店と民主主義』
26
2017
平成29年
六月、〈津島佑子コレクション〉(全五巻)刊行。
九月、ユング『無意識の心理』『自我と無意識の関係』新装版として復刊。
十月、遠藤正敬『戸籍と無戸籍』サントリー学芸賞(社会・風俗)受賞。
○主な刊行物
ハーマン『四方対象』
山室信一『アジアの思想史脈』『アジアびとの風姿』
木下光生『貧困と自己責任の近世日本史』
28
2018
平成30年
○主な刊行物
コッカ『資本主義の歴史』
一ノ瀬俊也『昭和戦争史講義』
篠原雅武『人新世の哲学』
松本卓也『享楽社会論』
31
2019
平成31年
令和元年
○主な刊行物
西崎憲『全ロック史』
池田浩士『ボランティアとファシズム』
ハヴェル『力なき者たちの力』
23
2020
令和2年
十二月、鈴木彩加『女性たちの保守運動』大佛次郎論壇賞受賞。
○主な刊行物
美馬達哉『感染症社会』
ディケーター『文化大革命 上・下』

アルッザ他『99%のためのフェミニズム宣言』
26
2021
令和3年
十二月、〈家の馬鹿息子〉第五巻刊行し、全五巻完結。
○主な刊行物
レオ・チン『反日』
コリンズ他『インターセクショナリティ』
石坂友司『コロナとオリンピック』

29
2022
令和4年
前身の「日本心霊学会出版部」から数えて創業100周年を迎える。全国34の書店で100周年記念フェアを開催。
十月、京都新聞で「日本心霊学会」についての連載記事が掲載。
○主な刊行物
栗田英彦編『「日本心霊学会」研究』
高島鈴『布団の中から蜂起せよ』
 
2023
令和5年
一月、高島鈴『布団の中から蜂起せよ』紀伊國屋書店じんぶん大賞第1位受賞。
四月、〈フロイト著作集〉を新組新装版にて刊行開始。
七月、『承認のライシテとムスリムの場所づくり』が渋沢・クローデル賞受賞。
十月、『石油とナショナリズム』アジア・太平洋賞特別賞受賞。
○主な刊行物
モラン『戦争から戦争へ』
ガブリエル『超越論的存在論』
 

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