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戦後前衛映画と文学

安部公房×勅使河原宏

戦後前衛映画と文学

世界的評価も高い二人の才能・安部公房と勅使河原宏の協働を軸に、1950~60年代の文学と映画が提示した問題を考察する。

著者 友田 義行
ジャンル 美術・芸術 > 映画・映像
出版年月日 2012/03/15
ISBN 9784409100301
判型・ページ数 4-6・364ページ
定価 本体4,600円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序章

第一章 協働の序幕
一 総合芸術運動からの出発
二 素地としての記録映画
三 ATGの揺籃
四 協働劇映画への胎動

第二章 文学と映画の弁証法
一 映像と言語をめぐる論争
二 ショットの再評価
三 一般言語と映画言語
四 映像は思想を表現できるか?
五 モンタージュ論終焉説
六 安部公房による映像論批判
七 言語と映像の弁証法

第三章 記録と幻想の狭間から――『おとし穴』論
一 炭鉱のドキュメンタリー・ファンタジー
二 偶然性のモンタージュ
三 風景と歴史
四 影の暴力
五 視覚をめぐる物語
六 空洞と墓標

第四章 流動する風景と身体――『砂の女』論
一 原作と映画の多義性
二 風景からの創造
三 クロースアップが生む文脈
四 形態とリズムのアナロジー
五 揺れる鏡像
六 風景と身体
補論 『砂の女』台本について

第五章 身体の変貌と言語――小説『他人の顔』論
一 身体の加工あるいは仮構
二 肉体と空間
三 共同体の変容と身体の変貌
四 皮膚の言語
五 アメーバを夢見る巻貝

第六章 映像のなかの原爆乙女――映画『他人の顔』論
一 放射能とケロイド
二 「仮面劇」と「愛の片側」
三 映画青年と原爆乙女
四 破壊と復興
五 ドキュメンタリーの限界性と女性被爆者表象の(不)可能性
六 乙女と牡牛

第七章 映画的手法の小説化――『燃えつきた地図』論
一 最後のコラボレーション
二 未知なる不定形の世界
三 言語のモンタージュ
四 鏡のある風景
五 反転世界からの視線
六 つぶれた猫

終章
 
あとがき

フィルモグラフィ
索引

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内容説明

 

旺盛な執筆活動の一方、安部公房は、言語と映像の綜合という視点からリアリズムや記録芸術に取り組み、その最盛期ともいえる時期を、勅使河原宏という演出家とともに駆け抜けた。原作者・脚本家としての安部公房と解釈者・映像作家としての勅使河原宏。彼らがのこした作品(小説・シナリオ・映画・写真・絵画)を、協働(コラボレーション)の角度から多面的かつ往還的に読解していく。昨今、盛んになりつつある安部公房研究にまったく新しい視点をなげかける意欲作であるとともに、言語とリアリズムという普遍的テーマをあつかっており、モンタージュ論、ドキュメンタリー論など、映像論・映画論研究のうえでも、重要な著作となる。

 

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