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かれらの日本語

台湾「残留」日本語論

かれらの日本語

ことばはだれのものか。いちどは遺棄され、また拾いあげられようとする日本語の現在をめぐる政治学。

著者 安田 敏朗
ジャンル 思想 > 日本語学
出版年月日 2011/12/10
ISBN 9784409041024
判型・ページ数 4-6・294ページ
定価 本体2,800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに――「JAPANデビュー」

第一章 日本語への視線――「かれらの日本語」という問題
1 日本語への意味づけ
2 「残留日本語」をめぐって

第二章 「かれらの日本語」発生の前提
1 植民地の国語教育
2 話しことばへの注目――現場教員
3 「二語併用地」としての台湾――安藤正次
4 「会話一元」という思想――山崎睦雄
5 排除される台湾語

第三章 「かれらの日本語」の発生
1 「会話一元」の実際――公学校の国語
2 日本人教師の話しことば
3 「台湾方言」としての「かれらの日本語」――福田良輔
4 「台湾方言」と内地日本語の接続
5 内地日本語から発生する「台湾方言」
6 原住民の国語教育

第四章 「かれらの日本語」の展開――一九四五年以降の台湾と日本語
1 日本語の内部化
2 「再発見」される日本語――一九六〇年代の議論
3 教員たちの回顧――国語教育の評価
4 原住民の日本語

第五章 「日本語教育史」の再編
1 植民地国語教育の二重性
2 植民地国語教育から日本語教育へ
3 植民地朝鮮の国語教育の語り直し
4 植民地教育史としての国語教育史

第六章 「かれらの日本語」、その後――一九九〇年代以降の議論
1 「消えゆく」ものとして
2 再認識される言語使用――記述の対象へ
3 日本語クレオールという問題
4 「日本語クレオール」から「宜蘭クレオール」へ

おわりに――「わたしたちの日本語」の解体にむけて
1 棄ててきた日本語
2 異郷の日本語
3 再生産される差異――『台湾万葉集』と『台湾俳句歳時記』
4 差異と差別と

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内容説明

日本植民地時代の「国語」教育、およびその「成果」をまとめ、それににまつわる、当時から現在までの、さまざまな時代の言説を分析。台湾人の苛立ちと諦観、教育者の焦りと自己満足、旅行者のノスタルジー、言語学者の興奮など、日本語を話す台湾人という現象からあぶりだすのは、むしろ日本人の日本語観である。ことばをめぐる政治・歴史・他者像を明らかにしてきた著者の最新書下ろし。

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