目次
乳母とは/乳母の盛衰/乳房による労働/本書の構成
第一章 乳母雇用の背景
一 母乳哺育
母乳哺育の流行/「授乳しない者を母親と呼べようか」/夫の関与/
手引書の教え/育児書の説得
二 人工哺育
授乳器具/栄養物/贅沢な人工哺育/危険な人工哺育
第二章 乳母雇用の実態と問題
一 新聞広告件数にみる乳母雇用の推移
二 乳母への懸念
気質の伝染/感情の影響/病気感染/アヘン剤使用/厄介な使用人
三 乳母の子の運命
乳母雇用者の認識/医師の責任
四 未婚の乳母論争
救済か、悪徳の助長か/乳母とドメスティック・イデオロギー
第三章 ドンビー氏の乳母対策
一 乳母雇用マニュアルとしての『ドンビー父子』
乳母の見つけ方/乳母の検査/乳母の待遇/雇用期間/乳母の子の問題
二 乳母恐怖
乳兄弟/取り替え子
三 乳母の商品(コモディティ)化
名前変更/家族との接触禁止/期限付きの関係/皮革(ハイド)と心(ハート)
第四章 乳母の声
一 求職広告文
健康状態/年齢/子の月齢/品行方正(リスペクタブル)であること/夫の不在/
雇用場所/乳母以外の仕事の許容
二 乳母の叫び――ジョージ・ムア『エスター・ウォーターズ』
慈善産院と乳母斡旋/未婚の母とベビー・ファーム/陰謀告発/
「品行方正(リスペクタブル)な未婚の母」――撞着語法の真実
第五章 母親たちの試練
一 キャサリン・グラッドストン――人工哺育の決断
二 キャサリン・ディケンズ――マタニティブルーと乳母
三 イザベラ・ビートン――ワーキング・マザーと母乳哺育
四 キャサリン・ラッセル――急進主義者しての母乳哺育
五 フローラ・アニー・スティール――英領インドにおける子育てと乳母
六 ヴィクトリア女王――女の身体の嫌悪
七 労働者階級の母親たち――貧困と母性
終章 乳母の復活
現代の乳母/代理授乳/授乳の文化性
付章 明治初期日本の母乳哺育と乳母についての言説――欧米事情流入の影響
一 江戸時代の育児書
香月牛山『小児必用養育草』/平野重誠『病家須知』/
桑田立齋『愛育茶譚』/育児の責任者は家長
二 明治初期の翻訳育児書
澤田俊三訳『育児小言』/大井鎌吉訳『母親の教』/育児の責任は母親に
三 三島通良『はゝのつとめ』
四 下田歌子『家政学』と『新撰家政学』
あとがき
初出一覧
図表出典
参考文献
索引
内容説明
授乳はいつから母の仕事になったのか?
乳母、この忘れられた存在から見えてくる驚きの社会文化史
自らの子どもに母乳を飲ませること、現代では自明となったこの行いが定着するまでの歴史はそう単純ではない。本書ではヴィクトリア朝イギリスを舞台に、いまでは忘れられた「乳母」という存在を切り口に、さまざまな社会的、文化的事象を分析。女王から労働者階級、現実社会から文学作品まで、そして乳母の復活ともいえる現代の母乳ビジネスまでをも視野に入れた考察は、数々の母性神話、育児神話を見直すきっかけとなるだろう。日本近世近代の育児論を分析した補論も収録する、注目の研究成果。
「授乳という行為の目的はただひとつ、赤ん坊に栄養を与え成長させることである。それは現在では、産みの母が行うのが当然で自然であると多くの人が考えている。しかし、この明白な目的と担当者をもつようにみえる行為は、社会や文化による介入を受け、現実には予想通り実行されるものではなくなるようだ。本書では、「乳母」という授乳を職業とした存在を切り口に、授乳をめぐる絡み合った事情に分け入って多角的に検討し、授乳の文化性を明らかにしたい。」(本書より)
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