ホーム > 「朦朧」の時代

「朦朧」の時代

大観、春草らと近代日本画の成立

「朦朧」の時代

近代日本画の革新、伝統とのせめぎあいはいかなるものだったのか。なんのことかわからないモーローたる表現、「朦朧」をよみとく。

著者 佐藤 志乃
ジャンル 美術・芸術
出版年月日 2013/04/20
ISBN 9784409100325
判型・ページ数 4-6・294ページ
定価 本体3,600円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

第一章 伝統回帰か西洋化か-----朦朧体の基盤づくり 
 1 大観、春草の試み 
    正岡子規の《屈原》批判/日本青年絵画協会—日本美術院の前身/大観の《寂静》--新奇な画題/春草の《武蔵野》—余白のない画面
 2 日本美術院の創立 
    美術団体のはじまり/日本美術院の構成員/天心と文壇(根岸党)

第二章 “こころもち”の絵画-----朦朧体前夜 
 1 「考え」を描く
    新派の画題—春草の《水鏡》、大観の《迷児》/天心が唱えた理想画/橋本雅邦の「心持」
 2 挿絵との接点
    挿絵という手段—新しいメディア/博文館での仕事/水野年方・寺崎広業・山田敬中・梶田半古

第三章 日本美術院の絵画運動-------朦朧体の表現とは
 1 天心の課題---音曲画題
    春草の《常磐津 伏姫》/大観の《上方歌 菜の葉》/観念的な画題
 2 日本美術院の絵画研究会
    ぼかしの研究/「空気」「光線」を描く/「情」「意」をあらわす

第四章 「朦朧体」の出現------明治における「朦朧」のイメージ
 1 呼称の発生
    「朦朧体」の初出/「朦朧」--当初の意味
 2 明治の象徴としての「朦朧」
    新時代が生んだ怪しきもの—朦朧車夫/詩壇における「朦朧体」論争/「ほのか」「かすか」の朦朧趣/漱石と鏡花の「朦朧」--美しき幻影

第五章 批評者たちとの闘い------「朦朧体」の意味
 1 「朦朧体」の定着
   氾濫する「朦朧」、意味の多様化/「没線」「無線」
 2 「朦朧体」=妖怪、化物
    「妖怪画」「化物画」/「鵺画」「雑種画」/概念としての「朦朧」

第六章 画壇への波及と追随者たち-----朦朧体の確立
 1 朦朧体の流行
    幽霊画と怪奇趣味/雅邦、川合玉堂も「朦朧体」/鏑木清方も「朦朧体」か
 2 「朦朧派」---明治にあらわれた新しい“派”
    伝統流派の崩壊

第七章 アジアへの憧憬-----インド人画家たちの朦朧体
 1 天心、大観、春草のインド体験
    インドでの活動/大観の《ラシュ・リラ》、春草の《サラスヴァティー》
 2 インドにおける朦朧体の受容
    二〇世紀初頭のベンガル絵画/ウォッシュ・テクニック/ベンガル派

第八章 西洋へのアピール------朦朧体の思想的背景
 1 天心『東洋の理想』の波紋
    暗示性の追求---東洋のロマン主義
 2 大観、春草のアメリカ、ヨーロッパ滞在
    西欧へのアピール/大観・春草の「絵画について」---色の研究

第九章 近代日本美術史の成立------朦朧体の評価
 1 朦朧体---明治末での評価
    「塗る画」か「描く画」か/「日本画の将来」
 2 大正期へ
    朦朧体がもたらしたもの/朦朧体の評価/「朦朧体」批判の終焉

おわりに---「朦朧」批判から「朦朧」礼賛へ

主要参考文献

このページのトップへ

内容説明

朦朧体の怪筆を揮ひて世俗を驚かさんとす

横山大観、菱田春草らに代表される日本画の表現、「朦朧体」。彼らの画によくみられる輪郭をぼかした描き方は、今では当たり前に受け止められているが、当初は伝統を台無しにするとして多くの非難を浴びた。本書では当時の批評をもとにその言葉の変遷をたどり、彼らが西洋画に対してどう新しい日本画を構築していったかを描く。明治の浪漫主義、大正のモダニズムとむすびつき、さらにはインドの独立運動なども巻き込んでナショナリズムともむすびついた「朦朧体」を手がかりに激動の時代を探る。

このページのトップへ